雛人形を飾るのは初めてかもしれない。
まだ狭い部屋なので豪華ではないが、雰囲気は十分に味わえる。
「いずれもっと凄いのにするんだってばよ!」
彼女の喜ぶ顔が見たくて、つい言ってしまった。
「うん…でも無理しないでね?」
「わーかってるってばよ!ヒナタの喜ぶ顔が見れるならどーってことないってばよ!」
自分の惚れた女が喜んでくれるんだ。それくらい大したことない。
しかし彼女は望みを多く語ってくれない。
いつも自分に合わせてくれる。
わがままな自分と一緒にいるから余計に目立つ。
だから少し無理矢理だったかもしれないが、彼女の望みを聞いた。



「なーなー!今ほしいものとかあるか?」
「え…?な、ないけど…どうして…?」
いきなり『ない』とか言われるのが一番困る返答だった。
「あーいやさ、この前の任務の報酬で貯金がけっこう溜まってさ。たまにはヒナタにほしいものでもなーって思ったんだってばよ。」
いずれ広い部屋に引っ越して二人で暮らしたい。そのための貯金を密かにしている。
だからいつも手持ちが少なく、一緒にいても家にいるだけのことが多い。
彼女はそれでも十分だと言うが何か物足りない。…不満と言えば嘘になるが、何か物足りない。
「え、でも…本当に何もないから…。その…ナルトくんがほしいの買えば…?」
「やーっぱそうきたかー。今の俺ってばヒナタのほしいのがほしいんだってばよ。」
やっぱり、のやり取りが展開された。
「で、でもこの前、ぜんざい奢ってもらったし…。その…悪いよ…。」
「いや、この前ってもさ…あれもう一ヶ月以上前だってばよ。」
確かあのときも今みたいに無理矢理食べたいものを聞いたんだったな、と遠くを仰いでしまう。
「あ、あれ…美味しかったから…その…」
里で一番美味しいと噂の場所に行ったっけなぁ…。
思ってたより高くて自分で払うとか言い出したっけなぁ…色々と思い出される。


……
………

しばしの沈黙が二人を包む。
「えっと…それじゃあ…雛飾り…」
「ん?」
「雛飾り…少し、ほしいかな…。」
そういえばそろそろ雛祭りだったな。
自分が男で無関係なのもあるが、今まで全く気付かなかった。
「おし!雛飾りな?それじゃ今度一緒に…じゃなくて今から行くってばよ!」
思い立ったが吉日!とすぐさま出かける準備をする。
「あ、でも…もうこんな時間だから…。そ、その…私そろそろ帰らないと…。」
彼女は木の葉名門宗家の第一嫡子だ。
しかし、既に当主…すなわち親からは見離され、嫡子からは外されているらしい…。
それでも情けとして成人するまでは、と家には置いてもらっているようだ。
だからなのか家には居辛いらしく、今では一日のほとんどを自分の家で過ごしている。
ここまで来たのだから泊まっていけ、と思うがそれを口にすると彼女は頬を赤らめる。
「でもさでもさ、慌てて前日とかに準備すると一夜飾りで縁起悪そうだから早めにな。」
彼女を家の近くまで送り、そう伝えて別れた。
別れ際に見せてくれた笑顔が堪らない。
「もっと笑顔見れるように頑張らないとな…!」
ぐっ、と静かな決意をして帰路に着く。

週末になり、雛飾りを見に来たが予想以上に高い…。
多少は覚悟していたがここまで高いとは…。
男には縁のないものだから、と思ったが自分の無知っぷりを後悔する。
しかしそんなことを口にすれば彼女はやはり遠慮するだろう。
「はぁ…」
「ど、どうしたの…?溜め息なんてついて…。」
無意識のうちに溜め息が出ていたようだ。
「あー…いや…ほら…たくさん種類あるなって。えーと…いいなって思うのでかいし…そ、その…あんまりでかいと部屋に置けないしな…。大変だってばよ!」
なんて苦しい台詞だろう。普段言葉に詰まるのは彼女なのに…。
「うん…そうだね…。値段も大変なのが多いしね…。」
やはり思っていた。らしいと言えばそうなのだが…。
「はぁ…」
感情を隠せない性格が完全に裏目になっている。
「ど、どうしたの…?また溜め息…。」
「あー…トイレだってばよ。うんトイレ!トイレに行ってくるってばよ!」
「う、うん…。気を付けてね…。」
我ながら苦しい。トイレに逃げるだけなのに必死になってしまうとは…。
一息つき、顔を軽く叩いて気合を入れなおす。
「貯金計画が崩れそうだけど…もう決めた事だってばよ!自分の言葉は貫くんだってばよ!」
鏡の中の自分を叱る。愛しの彼女を喜ばせるための試練だと思い込ませ、思い込む。
戻ると彼女は一人で品定めをしていた。
どんなのを見てるかと思えば、お内裏様たち二人だけの小さな雛飾りだった。
「お、それ気に入ったか?」
「…うん…私たちも二人だから…それに、これなら部屋に置けそうだし…。」
言われてみれば確かにそうかもしれない。
自分たち二人なら豪華なのよりもこっちの方が似合うかもしれない。
財布の中身と相談すると妙に納得してしまう。
「お、こっちなんでどうだ?表情がヒナタみたいに優しいし!」
「え、うん…。ナルトくんがそれでいいって言うなら…。」
彼女の見ていた隣を指差してみる…が、ハッとする。
(ヒナタのことだ…俺に合わせたんだってばよ。)
思ったことをすぐ口に出す自分が腹立だしい。
「…じゃなくて!今日はヒナタが決めるんだってばよ!」
「大丈夫だよ…。こっちのと悩んでただけだから…。その…二人が気に入ったのにしないと…。」
正論かもしれないが、何か物足りなかった。
「本当にこっちでいいんだな?」
「うん…。ナルトくんは他の方がいい…?」
「んなことないってばよ!ヒナタがこれでいいって言うならこれにするってばよ!」
「…じゃあ、決まりだね。」
笑顔を浮かべ軽い足取りで店員を呼びに行ってしまった。
「あの笑顔さ、最高だろ?」
これから自分の部屋に来る二人に自慢する。

店でもらったチラシを見ると雛飾りにも色々種類があったようだ。
「ふーん。地方によって配置が微妙に違うんだな。」
「うん…。配置だけじゃなくて…顔の作りとかも違うんだよ…。」
アカデミー時代に教養として学んだ気がするが相当うろ覚えである。
「昔は五つの節句があって、それぞれ季節の節目に身の汚れを祓う行事なんだよ…。 その中の一つが桃の節句…えっと、雛祭りになって…。」
「へぇ…五つってことは他にもこんな感じのあるのか?」
「えっと…人日、上巳、端午、七夕、重陽の五つだよ…。上巳の節句が今の雛祭りで…。」
「ふーん?ヒナタってば詳しいな。」
彼女は木の葉名門の一族だからこういう行事には詳しいようだ。
元々は女の子の健康や成長を願う行事らしく、彼女も願われる立場だったのかもしれない。
でも今じゃ…と思うと自分だけでも、という気持ちになる。

「えーっと…?要するに飾るのもしまうのも早目がいいんだな。」
「うん…それに、早く飾って眺めていたいし…。」
これも地方によって様々らしいが彼女の指示に従うことにした。
「それじゃ…帰ったらさっそく飾ってみない…?」
「おーっしゃ!頑張るってばよ!」
珍しく彼女の方から提案がされた。今では女の子のお祭りになっている雛祭り。
そんな日はなんだかんだで楽しみなのかもしれない。
そうなると自然と力が入ってくる。
「でも…頑張りすぎて壊さないようにね…。」
二人で笑い合うと楽しい。雛祭りまではこの話で盛り上がれるかもしれない。
そう思うと顔が自然と緩んできた。



物としては小さいかもしれないが、飾り付けてみるとなかなかのものだ。
よし、と腕を組んで納得する。これなら満足してくれるだろう。
「ど、どうしたの?腕組みなんてしちゃって…。」
少し驚いた様子の彼女がそこにいた。
「ん?あぁ…。ほら、これだけでもけっこう立派な感じがするってばよ。」
「うん…そうだね…。飾りつけもしっかり出来たしね…。」
改めて二人で納得をする。
飾り付けの完成度より彼女がいつもより多弁になってくれたのが嬉しい。
普段は自分に合わせてくれる彼女が自ら飾り付けの指示を出してくれた。
いつもこれくらい積極的なら…。
そう思うと遠くを仰いでしまう。
「ナルトくん…ど、どうしたの…?」
「ん?あ、あぁ…えーと…ヒナタもこういう格好したら似合うだろうなーって。」
機会があれば見てみたい…。改めて考えるとそうかもしれない。
「そ、その…今度機会があったら、ね…?」
遠慮すると思ったのに予想外の答えが返ってきてキョトンとしてしまった。
「あ、えっと…その…やっぱりいいよ…。準備するの大変だし…。」
今までの彼女の戻ってしまった。らしいにはらしいが、もう少し強引さがほしい。
そう思うと溜め息をついてしまった。
「あ、あの…ご、ごめん…なさい…。」
何故か謝ってくる彼女に対し、再び溜め息が出てしまう。
「あーのなヒナタ。俺はもっとヒナタに積極的になってほしいんだってばよ。 さっきの準備とかはガンガン言ってたろ? だからさー…なんつーのかなぁ…そんなに遠慮するなってばよ。」
「う、うん…。」
頷いた彼女はいつものうつむいた姿になってしまう。
また溜め息が出そうになったが、これは寸前のところで飲み込んだ。
「えっと…い、いきなりは無理かもしれないから…少しずつなら…その…私、頑張ってみる…。」
そう言ってくれたのが嬉しくて彼女の肩を抱き寄せる。
案の定赤くなった彼女がいつもより愛しかった。


初のナルトくん視点で過去最長のSSです。
本当は雛祭りの日(or前日)に完成させたかったでありマッスル。
ナルトくん→ヒナタの会話はこれ以前から多かったと思うけど
ヒナタ→ナルトくんの会話は少なかったと思うので
ヒナタ嬢からの会話が増えるキッカケになったイベントかな〜って。

ついでにヒナタ嬢の台詞にある日本の五節句の微解説。
人日(じんじつ)→陰暦正月七日「七草がゆ」
上巳(じょうし)→陰暦3月3日「桃の節句」
端午(たんご)→陰暦5月5日「端午の節句」
七夕(たなばた)→陰暦7月7日「七夕祭り」
重陽(ちょうよう)→陰暦9月9日「菊の節句」
9月9日の重陽の節句はなくなりましたが、他のお節句は現代まで伝わる行事です。
かなりアバウトですがだいたいこんな感じです。

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